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  • ♯110 今週頑張った8/16

    今週頑張ったこと 8/16

    110回目の投稿になります

    【北海道マラソンに向けて】

    33週目(8月10日~8月16日)

    日付メニューあと
    8/10(月)休み20
    8/11(火)休み19
    8/12(水)休み18
    8/13(木)市営ジムで自転車1時間 ※117
    8/14(金)休み16
    8/15(土)休み15
    8/16(日)市営プールで歩く ※214

    ※1…足を付かなければ痛くないという感じに回復してきたので、自転車こぐ。太ももとお尻にいい感じの負荷。これ、もっと前からやっとけばよかったんじゃね?^^

    ※2…だいぶ回復してきた。市営プールで歩いてみる。水の浮力で負担が少ないのもあって痛みなし。これからも、疲れが溜まってきたらプールいいんじゃないの?という新しい気付き^^ケガしたからこそ発見できた

    週の走行距離…0キロ 月間走行距離43キロ

    8月の月間走行距離目標…180キロ  月間進捗率23%

    →回復に努める。今週はまったく走らなかった。走らないと体がムズムズするんですけど^^これも一種の依存?

    →16日現在、痛みなし。18日に再度病院へ。良くなっていますように^^

    ・レースペース決定

    距離ペース平均ペース合計タイム備考
    17:007:00  
    26:306:45  
    36:306:40  
    46:156:34  
    56:156:3032:30 
    66:006:25  
    76:006:22  
    86:006:19  
    96:006:17  
    106:006:181:03:00 
    156:156:191:34:4511.1スポンジ 13.2氷
    206:156:202:06:3020.2チョコパン、スポンジ 24.8塩タブ、スポンジ
    256:156:202:38:15 
    306:156:203:10:0031.3氷
    356:156:213:41:45 
    406:156:214:13:30 
    ゴール  4:28:30トイレ+1分、応援?+1分

    という事で、予定より超強気に4時間30分切りの目標を設定しました^^

    ・レースプランイメージ

    ・スタートラインをまたいだ時に計測スタート
    ・スタート後は混雑するので、絶対焦らない。仮にキロ8分とか想定以上に進めなくても焦らない
    ・3キロまではキロ6分30秒以上速くしない。体が走る事に慣れる前にペース上げると心拍数が上がり、疲労感を覚えるのが早くなる
    ・給水は必ず取る。飲む用と体にかける用。給水地点での接触に注意
    ・氷は短パンのポケットに入れる。少しずつ溶けて足を冷やす。スポンジは捨てずに手に持ってみる。給水地点ごとに水を吸わせて走りながら体を拭く
    ・5キロから10キロまではゆるい下り。19キロまでに平均ペースを6分20秒まで回復させる
    ・11キロ以降は、ひたすらキロ6分15秒をキープ
    ・「百里を行く者は九十を半ばとす」のことわざに従い、35キロ地点でまだ30%くらい余力があるのが理想。35キロ過ぎにペース上げられれば最高。完全に未知の距離なので、自分を信じるのと最後は根性^^
    ・ペースと5キロごとの通過タイムの理想を腕に書いておく
    ・30度を超えるような暑い日になりそうなら、無理せず設定ペースを落とす。11キロ以降は5秒落として6分20秒ペースで。35キロ以降上げられればギリ4時間30分

    来週のこのブログが北海道マラソン前最後の投稿なので、今までの経過含め、色々書いてみたいと思っています

    マジで頑張ります^^

    【今週のクリエイティブ】

    ・読んだ本

    手塚治虫「アドルフに告ぐ」

    →久しぶりに読んだけど、とっても面白い

    「自分とかないから~教養としての東洋哲学~」

    →「空の思想」おもしろすぎてメンタル上がった^^

    アンドレ・ジット「地の糧」

    →2回目読んだけど、まだよくわからない^^

    ・漢字検定P92~107

     →今週は「読み」分野中心で、正答率高くてご機嫌です^^あと数日で「頻出A」終わる。このペースでいけば10月終わりくらいには受検できそう

    【今の脳内】

    ・今後のマラソン予定

     10月4日(日)札幌ハーフマラソン

     10月11日(日)白老ハーフマラソン

     →これで今シーズンのレースは終わりかなあ。冬に旅行を兼ねて本州のレースに出てみようかな^^

     →5月の豊平川ハーフマラソンの記録が2時間2分。どちらかで2時間切りたい

     →冬、北海道ではマラソン大会がないので、旅行も兼ねて本州のレースにエントリーしようか考え中

    ・風邪ひいたりケガしたりすると、日常のありがたみがわかる。幸せのラインが下がって良い

  • ♯109 読書記録 江戸川乱歩「人でなしの恋」

    読書記録「人でなしの恋」

    著者:江戸川乱歩

    出版社:創元推理文庫

    初版:1926年10月

    109回目の投稿になります

    あなたは、幼少の頃から手放さず、ずっと愛着を持っていた物や人形はありますか?

    どちらかと言うと女性にその割合は多いのかもしれませんが、私にもありまして、それは「タオルケット」です^^

    しかも、新品じゃなく、使い古して洗濯を何度もして手ざわりがケバケバになったやつです^^

    ちょっと変態っぽい感じになりましたが、そのケバケバをさすっていると安心するんです

    「急にお前の癖(へき)を語り出してどした?^^」と思われたかもしれませんが、今回紹介する「人でなしの恋」のお話の肝が、まさにこの「愛着のある人形」なのです

    話は、京子という19歳の女性が、門野(かどの)という男に嫁入りした所から始まります

    門野は「家に引っ込みがちで女嫌いという噂もあり」、京子は心配していたが、門野は京子に優しく、しばらくは「夢のような新婚生活」を送ります

    しかし、半年ほどたった頃から京子は違和感を抱きます

    夜な夜な離れの土蔵に行く門野

    浮気相手がいるのではと、こっそり後を追う京子

    そこで、門野が愛していたのは…

    この先、書いちゃっていいんでしょうか?^^

    まあ、核心に触れない程度なら大丈夫でしょう^^

    門野が愛していたのは女性の人形でした

    「私は京子を愛そうと努めたのだけれど、悲しい事に駄目なのだ。若い時から馴染みを重ねたお前の事が、どうしても私にはあきらめ兼ねるのだ」

    と人形に語りかける門野

    京子は悲しい思いを抱きつつも、門野の苦悩も理解しようとして話は終わって…

    いかないんです^^

    「さて、私の懺悔話と申しますのは、実はこれからあとの、恐ろしい出来事についてでございます」

    江戸川乱歩の小説でゾッとするのは、終盤でこの「実は」という表現が出てきたときです^^

    これ以降の内容は書きませんが、私は京子の気持ちもわかるし、門野の気持ちもわかるしで、読み終えてすごく複雑な感情になりました

    こちらへお越しの読者様なら、なんとなく結末が想像できた方もいそうな気がします

    あと、離れの土蔵の戸に耳をそばだてて中の様子を窺おうとする場面や、夜の描写がとーーーっても緊迫感があって面白いです

    タイトルの「人でなし」も、読み終わるとダブルミーニングになっている事がわかります

    欲求を前にした時の人間の複雑な心理がむきだしに描かれています

    私はこれを23時頃に読んで、ちゃんと眠気が醒めました^^江戸川乱歩、おそろしや

    30分程度で読めるボリュームです

    読者様もいかがですか?面白さは保証いたします^^

  • ♯108 私、相対評価からおりて生きていきます^^

    108回目の投稿になります

    煩悩の数と同じ回数の投稿回で書いてみるのは「相対評価」についてです^^

    私がこれまで生きてきた中で苦しかったものの1つが、この相対評価ではないかと思っています

    先に断っておくと、私は相対評価が全部ダメと言いたい訳ではありません

    他者との比較による競争が自己の成長を促す事はあるし、幼稚園の徒競争で手をつないでゴールして着順を付けないのも賛成しかねます^^

    ただ、この社会、誰かに勝つとか平均より上に行きたいとか1位を取りたいとかそういう要素が多すぎるのではないかと感じています

    んで、この流れに巻き込まれると抜け出せなくなる感覚があります

    少し自分の話をすると、私の親は、定期テストで学年3位を外さないくらいの学力の私に「一番いい高校に行けるわね」と言いました

    合格したら、「次はいい大学を目指しなさい」と言いました

    いい大学かと言われるとどうかなとも思いますが、国立の教育大学に現役で入った事に親は満足そうでした

    その後も、こんな感じの話が続きました

    「先生を目指すのはいい事だ。社会的な信頼が高い職業だし、公務員で安定しているし」

    「結婚はしないの?家庭を持ってこそ一人前の人間よ」

    たぶん、ウチの親は「我が子は平均よりいい素晴らしい能力を持った誇れる子なのよ病」に罹患しています^^

    そして、私の存在自体を愛するという事よりも「世間体が良く、学歴や職歴などのステータスを持った私」を愛していたと思います

    あ、なんかちょっと重くなりましたね^^スミマセン^^

    今はもう、親の言う事は全く無視なのでいいんですが、世の中、他者より優れた自分でいたいという風潮が強すぎる気がします

    「勝ち組」「負け組」なんていう言葉もありますね

    このあたり、読者様はどのように感じますでしょうか?

    世の中は、今は資本主義社会という事もあって、どれだけたくさんのお金を使わせるかという競争を特に強いてきます

    新興宗教のように自信のなさや淋しさにつけ込んで、時には優しく、時には不安や恐怖をあおって金を使わせたり

    「美=細い」のような風潮で過度に美容やダイエットにお金を使わせたり

    中には、無理やり順位付けをするイベントを自ら作り上げて、客を取り込もうとする商法などもありますね

    若い方は知らないかもしれませんが、かつては「AKB48総選挙」なるものがあって、推しを1位にするためにCDをファンに買わせて投票して順位を競わせるという非常に趣味の悪いイベントがあったりしました^^

    人によっては何千枚と買ったりとか…

    CD1枚が1000円だとしても1000枚で100万円ですよ…

    そのアイドルの「あなたのおかげで1位になれました」のひと言が何より嬉しいし価値ある言葉だと思うのであれば、誰もその行為を否定はできないと思います

    でも、「総選挙」というイベントそのものが競争をあおるための仕組まれた集金システムになっているという事実もある訳で…

    100万円減った預金残高とうず高く積まれた1000枚のCD

    それが虚しく感じられる時が来るのかはわかりませんが、冷静なもう一人の自分みたいな意識も必要なんじゃないかなと思ったりします

    たぶん、この文化は形を変えて色々な所に存在すると思います

    ミシュラン三ツ星レストラン、営業売上ナンバー1、生配信同時接続世界1位、スパチャ総額何百万円などなど

    その世界の中にいる人は夢中でお金や時間を使うのに対し、外の世界にいる人から見るとその価値観に「?」が浮かぶ事も多そうです

    という事で、現在私は、こういう相対評価や競争の世界からおりて、外から見る感じになっています^^

    外というか、イメージ的には上空から鳥の視点で俯瞰して眺めている感じです。わかります?^^

    私は「それは本当に自分がやりたい事か」を最重要判断軸にしています

    「世間が良いとしているもの」「良いと定義しようと企んでいるもの」と「自分はこれが良いのでは」と思っている事を客観的に天秤にかけて、時には「これは私の感覚が正しいでしょ」と自信を持って思えるマインドが必要なのかなって思ってます

    そうすると、結局のところ、話は自己肯定感とか自分に自信を持つとかいうところに返ってきます^^

    私の内省は、結局「自分軸を持って自分の人生は自分でハンドルを握る」事に回帰する感じがしています^^

    全ての選択にこの考えを適用できるかは、実際は難しい面もあるのかもしれないですけどね^^

    私が変わったきっかけってなんだったんでしょう?

    と問われると、それは明確に2つあって、それは「適応障害で死にかけた」事と「交通事故で死にかけた」事です^^

    「あ、これ、死ぬかも」くらいの強烈な体験があれば、「世の中の評価なんてどうでもいい」「周りを蹴落としたり不幸にしたりして得られるナンバー1なんて逆にいらんわ」って思えるかもしれません

    「この人は、この本は、この歌は、私が好きだから好き」

    最後の最後で語彙力が崩壊しました^^うまく言語化できませんが、私は今、この感覚で生きています

    そして、この生き方はとっても生きやすいです^^

    あなたも、数値や順位付けのしがらみから解放されてみませんか?^^

    夢中で書いていたら2000字…いつも長くてスミマセン

  • ♯107 ケガしましたー^^

    (あぶなっ!)

    と思った時には、右の足首は道路脇の側溝のふちでぐにゃりと曲がっていた

    気温28度のよく晴れた午後

    イヤホンを両耳に突っ込んだ自転車の高校生は、こちらを一瞥しただけで、しゃがみこむ私に声をかける事もなく立ち去った

    私は、月末に行われるフルマラソンの大会に向け、ジョギングをしていた

    普段は気を付けているのだ。小道から車が出てこないか。歩行者はいないか

    今日の高校生は、その子の家の生け垣の間から急に出てきた

    ノールックで出てきた高校生も悪いが、それを予見できなかった私もたぶん悪い

    ケガをした

    今年の目標を「8月末のフルマラソン完走」に定め、着実にステップを刻んできた

    そして、本番3週間前に、これ

    整形外科に行くと「右足首の捻挫。骨には異常なし。2週間程度の安静が必要」とのこと

    1月にウォーキングから始め、1キロ走れるようになり、3キロ走れるようになり、10キロ、ハーフ、30キロと大会での完走を積み重ね、順調に来ていた今になって、これ

    「禍福は糾える縄の如し」

    ああ、漢検の問題に出てきたな

    「良い事と悪い事は表裏一体であり、かわるがわる来るものだ」

    40を過ぎると、人生の節目は自分で作らないと何も起こらない事に気付き始める

    若い頃は、入学、受験、卒業、成人式など、その時期が来れば節目は外からやってきた

    大人になると、節目は自分で作らないとやってこない

    自分で用意する節目

    その1つがマラソン

    初めて挑戦するフルマラソンで、直前に2週間休む事が何を意味するのかはわからない

    でも、人生もそんなものかもしれないと思ったりもする

    どんな外部要因があったとしても、どう行動するかは結局自分

    今までの数値、練習過程が私の背中を押す

    自分を前向きにさせてくれたのがマラソン

    これで完走出来たら、喜びもより大きくなるだろう

    今まで頑張ってきた自分に期待してみよう

    ―――――――――――――――

    107回目の投稿になります^^

    短編っぽく、ケガした事について書いてみました^^

    端的に言ってショックですけどね

    まさに「禍福は糾える縄の如し」

    順調に行っている時にこそ落とし穴がある

    でも、言い換えれば、うまくいかない事があっても、浮上のヒントはどこかにあるとも言える

    クヨクヨしても仕方ないので、ここからポジティブに対策を練ってみたいと思います^^

    ・「今で良かった」と思う

    →全治2週間と診断された訳ですが、これが大会1週間前とかのケガだったら「THE END」だった訳です。だから「不幸だけどラッキー」みたいに思う事にしました。事故に遭ったけど死ななかったみたいな^^

    ・「体を休めるいい機会」と思う

    →元から、8月中旬からはレースに向けて練習強度と頻度を落とすとしていたので、ある意味予定通りと思う事にしました。この期間に疲労を抜いて、いい状態で練習再開できるようにします

    ・「やれる事は思ったよりたくさんある」

    →まずは筋トレ。腹筋などの上半身トレーニングや体幹トレーニングは、足に関係なくできるので、毎日しっかりやっていきます。ストレッチも普段より長めに行う事で可動域を広げ、無理なく動かせる体を作っていきたいと思います

    ・「毎日の生活を丁寧に」

    →ケガの回復のためには、しっかり栄養を取って寝るだと思います。ビタミン、タンパク質などバランスの良い食事を作って、お風呂長めに入って血流を促進させ、良く寝る。お医者さんの見立てより早く良くなれればと思っています

    という事で、ケガしてしまった事は仕方ないので、ポジティブに過ごしていきます

    仮に、これが原因で北海道マラソンを完走できなかったとしても、この半年以上の練習はウソのない事実な訳です

    そう考えれば、完走出来れば「成功」ですが、完走できなかったとしても、それは「失敗」ではないと思えたりもします

    そういう意味では、どっちに転んでもすでに私は成功している?^^

    昔の私なら、こんなポジティブな発想には至らなかったと思うので、そういう意味では成長が感じられると思います

    やっぱり、生活が安定しているのが大きいのかな

    ケガをしても他者から何か嫌な事をされても、自炊、読書など生活の基盤は揺るがない

    そういう自分でコントロールできる柱があるから、外部要因で崩れる事が少ないのかもしれません

    ケガの続報は、またこの場で^^

    きっと良い方に変わっていくと思います

    貝の炊き込みご飯、じゃがいもとちくわのバター煮、豚肉スタミナ焼き、もずく酢、炭酸

    もずく以外は手作り

    美味しそうでしょ^^

  • ♯106 今週頑張った事8/9

    106回目の投稿になります

    【北海道マラソンに向けて】

    32週目(8月3日~8月9日)

    日付メニューあと
    8/3(月)ジョグ10キロ ※127
    8/4(火)ペース走13キロ ※226
    8/5(水)休み25
    8/6(木)3キロ途中切り上げ24
    8/7(金)休み23
    8/8(土)休み22
    8/9(日)休み21

    ※1…キロ6分ペースで淡々と

    ※2…キロ6分15秒ペースで

    週の走行距離…23キロ 月間走行距離43キロ

    8月の月間走行距離目標…180キロ  月間進捗率23%

    6日の練習中、ケガしました

    詳しくは、明日投稿します。日常生活には支障ありません

    3日ほど経ち、だいぶ気持ちも切り替える事ができてきました

    ・読者様には何の関係もありませんが、レース中に聴く曲決まりました^^

    ・ヒッチコック×3回 ・パレード ・ポスト春 ・六月は雨上がりの街を書く ・千鳥 ・パドドゥ ・靴の花火 ・ヒッチコック4回目^^ ・会心の一撃 ・TAIDADA ・群青 ・凛々爛々 ・カメレオン ・怪獣 ・プラトー ・モス ・栞 ・ヒッチコック5回目^^ ・MY FIRST KISS ・STARRY NIGHT ・SISTER ・ヒッチコック6回目^^ ・あぶく ・爆弾魔 ・藍二乗 ・踊ろうぜ ・五月は花緑青の窓辺から ・心に穴が空いた ・八月、某、月明かり ・負け犬にアンコールはいらない ・準透明少年

    →ヒッチコックの曲のテンポが自分の走るペースにピッタリ^^スタート後、3回連続で聴きながらペース(足の運び)を体に馴染ませる

    →序盤はヨルシカのミドルテンポの曲で。落ち着いて走り出す狙い

    →中盤は、サカナクション、ハイスタ、赤い公園など好きなアーティストの曲で元気よく走る

    →途中、定期的にヒッチコック挟む^^足の動きを確認する狙い。

    →終盤はヨルシカのアップテンポの曲で。頑張って足動かす

    →これで2時間15分。2周して目標とする4時間30分。曲が2周目に入った時に中間点を越えていればOKという目安で

    →今までの練習やレースでもずっと聴いてきた曲たちに励まされて本番も頑張ります^^

    【今週のクリエイティブ】

    ・江戸川乱歩「赤い部屋」「人でなしの恋」、太宰治「きりぎりす」「女生徒」「葉桜と魔笛」読む

     →暑い夏には江戸川乱歩いいですね^^ぞわっとして涼しくなります^^

     →「乙女の本棚」シリーズという、挿絵が一緒になった本が読みやすくていい。図書館にたくさんあるので、制覇してみようかと思っています

    ・漢字検定P78~91

     →「書き取り」分野になって、正答率向上。暫定、嫉妬など、書けそうで書けない問題がいくつかある。解き直す時に書けるようになっておきたい

     →漢字や熟語の読みや意味を知るのが楽しい。「黒白」で「こくびゃく」だって。意味は「はっきりさせる事」。ことばの勉強楽しい^^

    【今の脳内】

    ・ケガは、してしまったのは仕方ないので、やれることをやって前向きに過ごします

    ・札幌の丸井本店で「武豊展」開催中。24日まで。絶対行く^^

  • ♯105 読書記録「いつまでもデブと思うなよ」

    読書記録「いつまでもデブと思うなよ」

    著者:岡田斗司夫

    出版社:新潮新書

    初版:2007年8月

    105回目の投稿になります

    タイトルにもある通り、内容はダイエット本です

    筆者が提唱するのは「レコーディングダイエット」

    食べたものをとにかく記録し、摂取カロリーを把握する

    摂取カロリー<消費カロリーの状態を続けることで体重を減少させていく経過が書かれています

    ちなみに私、183センチの63キロという痩せ体型です^^ダイエットは不要なガリガリな人間です^^

    じゃあなぜこの本を読むのかというと、この本がただのダイエット本ではなく、生き方、考え方の本質を書いている本だと思うからです

    いくつか抜粋して紹介してみます

    ・ダイエットの失敗とは「やせない事」ではなく「続けられない事」なのだ

    →「継続は力なり」ということわざって、その通りだなって最近ホントに実感します。続けられているうちは失敗じゃない的なね^^

    ・ダイエットは、その成功が誰かを傷つけたりしない。誰かの勝ちは他者の負けを意味しない

    →こういう概念好き^^

    ・レコーディングダイエットは、自分の人生をコントロールできる事につながる。自分の成功イメージを持ち、それを実際に変える事でかなり高いレベルの自己コントロールを身に付ける事が可能だ

    →確かにダイエットって成功イメージに自分を近づけていく作業って感じですね。見た目も変化するし、コントロール感を味わいやすいのかも。私が今取り組んでいるマラソン練習も同じ感じかもしれません

    ・カード破産する人は自分の借金の総額を知らない。収入がいくらで支出がいくらで利息が何%かを知らない。記録する事はそれらを可視化する行為である

    →資産形成の本にも同じことが書かれています。まずは現状を正しく把握するっていうのは、どんな事に対しても大事なんですね

    ・レコーディングダイエットが成功できれば、それが様々な副次効果を生む。この自己コントロールというのは、体重管理だけではなく、お金や仕事、人間関係や自分の将来など広範囲の事に応用可能だ。なにかに迷った時、目標があるのにうまくいかない時は、要素を書き出してみよう

    ・悩みや迷いを書いてみる。書き出したからといって、無理に答えを見つけなくていい。文字にして客観的に見られるようにするだけでいい。するとある日、いくつかの悩みが同じパターンであるとか、なにをやらなければいけないかとか、そういう事がわかる日が来る

    ・悩みや問題に、毎日答えなんて出さなくてかまわない。毎日答えが出せるなら、悩んだり困ったりしていない。逃げないで、押しつぶされないで、ただひたすらレコーディングを続けてみよう。なぜそんな問題に巻き込まれたのか?なぜ自分はそれが欲しいのか?レコーディングを続けていると「自分の内面」が見えてくる

    →ね。ただのダイエット本じゃないでしょ^^記録する事で見えてくるのは「自分の内面」だと。つまり、自分自身と対話する事で自己理解が促進され、自分を客観視できるようになり、最終的には自信をもって生きる事につながるのかななんて本を読みながら思いました

    今回は引用が多めになりましたが、ダイエットしたい人にも、悩みがあってそれが大きな毛玉になってこんがらがっている人にも、すごくオススメできる本だと思います

  • ♯104 孤独や不安は、なくそうとせず飼いならす

    104回目の投稿になります

    本日2回目の投稿です

    「どうした?」と思われた方もいらっしゃるかとは思いますが、なんとなく気が向いたのでイレギュラーな形ではありますが、投稿します^^

    さて、今回考えてみたいのは「孤独と不安」についてです

    私は、基本一人で行動する事が好きです。でも、しばしば深い孤独感や不安感に襲われる事も正直言うとあります

    もう40を過ぎてこんな事を言うのが恥ずかしくもありますが、言い知れない淋しさを感じる事もあるんです^^

    孤独や不安について考えてみた事をいくつか書いてみます

    ・「孤独感や不安感が増すタイミング=夜」説

    これ、ありませんか?^^夜って、暗いからか脳が疲れているからか、考えれば考えるほどネガティブ方向へ思考が進む気がします

    そして、夜に考えた事って、一方向的で狭い視野の考えである事が私は多いです

    紙にメモった内容を翌朝読み返してみると「なにこの絶望的にネガティブな記録は」と思う事もしばしばあります^^

    日照時間の少ない北欧などにうつが多いのも似たような理由かもしれません

    夜は寝てしまう^^そして、明るい時間帯に考えるのがいいのかもしれません

    ・自分ではどうしようもない事に不安を感じてる説

    以前紹介した哲学者のエピクテトスは「事実は1つ、解釈は無限」と言いました

    LINEを例にしてみます。こちらから送信した後、相手から1日返信がないとします

    これにおける事実は「1日返信がない」です。それ以外なにもありません

    でも、これに解釈を乗っけてしまうと「私が送った内容で気分を害したかな」とか「嫌われたかな」とか「自分の優先度が低いのではないか」みたいに考えて、勝手に不安を増大させてしまいます

    実際は、ただただ忙しくて返す暇がなかっただけだったみたいな事はよくある事です

    不安が増大した結果、追いLINEをして余計に嫌われるみたいな悲しい事も起こったりしそうです^^

    LINEだったら、一度送ったら、あとは相手からの返信を待つしかない。それがいつになるかは相手次第

    こういう自分でコントロールできない事に不安を感じても仕方ないみたいなマインドがいいのかもしれないですね

    難しいですけどね^^特に自分が好きな相手とかだと、1つのリアクションに一喜一憂してしまう気持ちは私もありますし

    ・孤独や不安を感じるのは普通と思う

    孤独や不安みたいな感情って、思わない方がいいというか、思う事は良くない事みたいな刷り込みがある気がします

    思い切って考えを転換して「孤独や不安を感じる方が普通」と思ってみるのはどうでしょうか

    そうすれば、少なくとも「こんな風に思う自分はおかしいのではないか」というネガティブ思考からは逃れられるような気がします

    だって、この社会、生きづらいですよ^^

    常に誰かと、何かと比較され、競争を強いられる

    そして、他者の華やかな生活はSNSなどですぐ見れてしまう

    そして、SNSを見ている時ってたいてい一人

    この一事例でも、不安感や孤独感が増す条件がそろっている感じがします

    ・孤独や不安を飼いならす。他者で解消しようとしない

    今までの内容で、もし孤独や不安を自分なりに消化できそうなら、それがベストなのではないでしょうか

    ここからは、あくまで私の考えです。反対意見も多そうなので最初に断っておきます

    私は、孤独や不安の解消のために、安易に他者に会ったり付き合ったり体の関係になったりする事は、あまりよろしくないと思います

    人と会う時、「その人に会いたいから会いに行く」のと「一人が辛いから、その隙間を埋めたくて会いに行く」のとでは、少し違う感じがするんです

    私の(少ない^^)経験上、そういう感じで関係を構築しても、一人の時間になると倍くらいの孤独が襲ってきたりしましたね

    さて、えらそうに書いてみましたが、私自身、たまに襲ってくる孤独や不安に対してはまったく攻略できていません^^

    いつもの繰り返しになりますが、私はこのブログがあって本当に良かったと思います

    こういう気持ちを吐露できる場って、リアル世界ではなかなかないですし

    書くでも話すでもいいから、素直になれる誰かに向けて自分の想いを発信できるといいのかもしれません

    うまくまとめられていませんが、孤独と不安について考えてみた104回目でした^^

    ど深夜の投稿も、今回のテーマと合っていてよいのではないかと^^

    読んでいただきありがとうございました

  • ♯103 「泣ける○○」について考えてみた^^

    103回目の投稿になります

    私、先日本屋でぶらぶら物色していた時、ある本の帯にこう書かれてあるのを見つけました

    「絶対泣ける小説!!」

    うーーーん、と思ってしまいました^^

    という事で、今回は、この「泣ける」について書いてみたいと思います

    今回の内容の前提として、「筆者(私)が、非常にひねくれ者である」という事を踏まえてお読みください^^

    「泣ける」という触れ込みの本を読む時、映画を観る時、私はお金を払って「泣きに行く」という事でいいんでしょうか

    「さあ、泣くぞ!」みたいに意気込んで本読み始める感じ?^^

    また、それで泣けなかった場合、目的を達せられなかったという事でいいんでしょうか^^

    それとも、私が人間の心を持っていない、人としての感性が死んでる不適合者という事になります?^^

    あれ?なんか今回の内容、重箱の隅をつつくような嫌な感じになってきた気がする

    私の評価が下がりそう^^

    ここで言う「泣ける」とは、「感動する」とか「共感する」に近いのかなと私は思います

    そして、泣く事ってストレス解消というか、デトックスというか、感情を発散させる効果があるのも何となくわかります

    本を読んで、映画を観て泣くことを否定している訳ではありません

    私が違和感を持つのは「泣くのは結果論でしょ」って思うからです

    言い方を変えると、「泣ける」っていうのは、見る前から条件提示されている感じがするのです

    泣きポイントは人それぞれであるはずなのに、事前に「泣ける」と提示される事がひっかかるのかもしれません

    だから、映画を観た結果「泣けた」は自分的にOK

    映画を観る前に「泣ける」映画ですと言われるのはちょっと違和感

    こんな感じでしょうか

    なんとなく言語化できたような気がします

    さきほど、泣きポイントは人それぞれであると書きましたが、じゃあ、私の泣きポイントって何?

    ちょっと考えてみました

    最近、なんの本読んで泣いたっけ?

    一番最近だと「アルジャーノンに花束を」のラストは泣いた^^少しずつ書けなくなっていくチャーリーの日記は、日本語訳の秀逸さも相まって泣きました^^

    「容疑者Xの献身」、石神の完璧なロジックが花岡の感情によって崩れたラストも泣いたような^^

    「ゴールデンスランバー」の、手に「よくできました」のスタンプもらえるラストも泣いた気がする^^

    これらから共通するものって?

    私の泣きポイントは「喪失」みたいな感じかもしれません

    出版者様、本の帯に「泣ける小説!」「これは泣ける」的なやつ、やめてください^^

    泣けるかどうかの判断は、こっちに委ねてください^^

  • ♯102 本(小説)を読むと倫理観がバグり出す件について^^

    102回目の投稿になります

    本来、火曜日は投稿日ではないのですが、先週金曜日に1回飛ばしてしまった事が気になっていて、それを回復するための本日の投稿となっています^^

    そんなに律儀にやらなくてもいいかなとも思いますが、なんか気持ち悪くて^^

    という事で今回は、本を読む事について書いてみたいと思います

    私、中学生から大学生くらいまでは、けっこう本を読んでいました

    本の中に友人がいるかもと思ったのもこの時期です^^

    そして、就職して働きだすと、忙しさから一気に読まなくなりました

    今となっては、忙しかったからこそ本を読むべきだったなと思ったりもしています

    そして、適応障害による退職、転職を経て、1年ほど前からまたたくさん読むようになりました

    このブログで週1ペースで本を紹介している事もあって、年間100は無理でも80くらいのペースでは読んでいます

    さて、本題です

    タイトルに書きましたが、私、どうも最近倫理観がバグってきている気がします^^

    そしてこれは、小説を読んでいるせいだと結論付けました^^

    最近読んだ本でいうと、例えば朝井リョウの『正欲』。水の動きやしぶきを見る事が性癖の人が出てきます。誰にも理解されず日々を送る中で同じ性癖の人に出会い、交流する中で、ある事がきっかけで逮捕されてしまいます

    ニュースの見出しはこうです

    「校舎に侵入した男逮捕。『水を噴き出させる事に快感』」

    これ、実際にニュース見ていてこの報道を目にしたら

    「うわ、なんかヤバい奴やな」

    って思うと思うんです^^

    でも、「正欲」を読んだ後だとそうは思えなくなります

    この経験をしてしまうと、色んな事件のニュースを見ても

    「犯罪はダメだけど、誰にも理解されない苦しみがあったのかな」

    とか思ってしまいます

    角田光代の「紙の月」を読むと、不倫はエグいけど仕方ない事もあるかもと不倫を認めそうになったり

    松本清張の「砂の器」を読むと、主人公和賀英良の殺人よりも世の中の差別や偏見が問題だろと思いそうになったり

    中村文則の「銃」「遮光」を読むと、ラストは「うわーー、それはやめてーー^^」ってなるんですが、ヤバいものを持ち歩く快感を味わってみたくなったり^^

    これを実社会で発言したりすると「こいつ、不倫OK、殺人OK、危険物所持OKの最高にヤバい奴」という判定を受けて、下手すると社会的に抹殺される感じがしてちょっと怖くなります^^

    もちろんフィクションだとわかった上で読んでいるので、実際の行動に移したりはしないのですが

    文章が美しすぎたり、ストーリーが滑らかすぎたりすると、どんどん自分の中に入ってきて新しい概念が形成されそうになります^^

    大学のゼミみたいな場所あったらいいなと最近よく思います

    教授から指定された課題本1冊をゼミ生で読んで、ゼミの時間に教授含む数人で解釈をディベートするの、けっこう楽しかったなって

    そういうイメージで、同じ本を読んだ人と、本の感想を話し合えたら、すごく豊かな時間な感じがします

    たまに本屋さんや図書館で企画している「読書会」とかに行ってみればいいのかな

    本を読む事で倫理観がバグった人どうしで話すのって、楽しそう

    でも、私含めそういう人って、実社会では普通な格好して普通な発言して異端ぶりを隠して生きていると思うので、出会いづらいのかな^^

    なんて妄想を重ねながら、今は辻村深月の「善良と傲慢」読んでます。自分の中の善良さに隠された傲慢さがあぶり出されるようです

    ここで終わろうと思っていましたが、ごめんなさい、1つだけ

    今回、作家さんの名前がいくつか出てきて、「さん付け」しようかずっと迷いながら書きました

    最初、さん付けで書いていたのですが、松本清張のときに「松本清張さん」って書くの、すごく違和感あったんですよね^^

    だから、呼び捨てで統一してみました

    現代の作家にさんを付けるのって自然な感じ(朝井リョウさん、辻村深月さん)なのに、ひと昔前の作家(芥川龍之介さん、太宰治さん^^)には違和感あるのなんでなんでしょう

    最後、一気にくだらなくなってスミマセン

    「さん付け」問題、誰か解消してください^^

    明日も投稿しまーす

  • ♯101 100回目!!

    101回目の投稿になります

    前回の投稿で100回達成しました^^

    1本目の投稿が2月15日でした

    そこから週に3~4回の投稿を続け、今に至ります

    いやー、100回ですよ^^ちょっとだけ自分を褒めてもいいかもしれません

    これからも淡々と続けていくつもりですが、一度、これまでの取り組みを簡単に振り返ってみたいと思います

    客観的な気付きを箇条書きにしてみると

    ・投稿が苦だと思った事は一度もない

    ・ネタが枯渇した事も一度もない

    ・匿名で自分をさらけ出せる場である

    ・さらけ出せる一方、他者に読んでもらえるという特殊な場でもある

    こんな感じでしょうか

    コミュニケーション手段って色々あると思いますが、私は「書く」事が性に合っていると思います

    「書く」事って「話す」事よりも遅効性がありますよね

    「あの時、なんでこういう風に言ったんだろう」とか「あの時は、こう言うべきだったよな」みたいなひとり反省会をよく開催する私にとっては^^「書く」作業はそれを自分なりに結論付け、ボックスに収納するみたいな感覚があります

    じっくり思いを表現できる場であり、それを記録しておける場

    このブログを始めてから、私は、メンタルがより安定したと思っています

    アウトプットする事ってすごく大事だなって思うんです

    書くことでいったん自分の外に出す事ができるみたいな感覚で、そのぶん脳や心に余白ができて、溺れそうにならない感じです

    自分の考えが可視化され、形として残る事って、将来振り返った時に財産になる気がします

    例えば

    今時点で、「この考え方が絶対だ」と思っていても、数年経つとそうは思わないみたいな事があると思います

    また、逆パターンとしては「これは、1年限定で頑張ってみよう」と思っていた事なども、その環境に慣れると忘れてしまって消極的な現状維持になる事もあると思います

    そうした時に、「お前、1年限定でやってみるって言ってたけど、もう3年経ってるよ」みたいな事を記録が教えてくれる事も起こり得るわけです

    これ、私、転職の時に起こりました^^

    「辞めたい」「辞めるべきだ」と思っているのに、給与はそこそこいいし、新たな進路への不安もぬぐえない

    そうすると、「とりあえず今のままでいいか」みたいな感情も出てきます

    でも、日記を見ると「1年以内に転職含め行動する」と書いてあるんですね

    そこで、ハッと我に返り行動するみたいな事もありました

    人間って、以前の自分がどう考えていたかって、忘れがちな気がします

    特に、環境に染まるとそこから新たに動き出す事ってすごくパワーのいる事です

    記録を取っていれば、過去の自分と比較して、現在の思想や行動をアップデートしていけると思います

    2026年の7月現在、私はこう思っていたっていう記録は、1年、3年、5年経ったときすごく大事なんじゃないかと思います

    「自己犠牲で自己肯定感を上げない」とか「他人に期待しない」とか「真の優しさとは」みたいな重たいトピックもあれば

    「カラオケでどう立ち回る問題」とか「ラーメン屋さんで味変できない」とか「カフェでテイクアウトできない」とかしょうもないものもあります^^

    あ、ちなみに次回は「孤独や不安は、なくそうとせず飼いならす」です。重めの方です^^

    現在は、週に5000くらいのビュー数で、700人程に訪問していただいており、そのうち300人くらいは毎回読んでいただいています

    数はまったく意識していないのですが、本当にありがたいことです

    今後とも、末永くお付き合いよろしくお願いいたします

    いつもありがとうございます