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  • 考察「あごマスク」

    28回目の投稿になります

    先にお断りしておきますが、今回の投稿は、過去イチしょうもない内容になっておりますので、読まなくてもけっこうでございます^^

    ホントにしょうもないです。読んだところで得るものは特にございません。あなたの貴重な時間を奪わないよう先に申し上げておきます^^

    今回の内容は、「あごマスク」についてです

    2020年のコロナ禍くらいから、あごマスクの人の思考が気になっています^^「本人に聞けよ!」と思われるかもしれませんが、自分と思考回路が異なりそうな人と関わってもいいことなさそうなので聞けません^^

    あ、全くバカにしている訳ではありません

    現代社会は多様性を尊重する世の中ですので、様々な価値観があっていいと思っています。あくまで私の疑問という形で書いてみたいと思います

    また、反論も大いにけっこうです。この場で疑問を解消できれば素晴らしいことでございます

    では、本題

    私、あごマスクの人を見ると、純粋に「え?どこを守っているの?」って思ってしまうんです^^ちなみに鼻を出してマスクしている人も、ほぼ同義です

    マスクは、次のような用途で用いられるものだと私は思っています

    1,他者からの感染を防ぐ

    2,自分から他者への感染を防ぐ

    3,鼻、喉の保温、保湿

    4,顔を隠したい

    1つ目2つ目については、マスクってどちらかというと、自分から他者へ感染させない事がメインみたいですね

    また、N95のような医療用マスクでないと、感染防止効果はそんなにないなんて事も聞いたことがあります

    私は、冬には3つ目の理由で付けることもありますし、仕事中には4つ目の理由で付けることもあります

    しかし、ここであごマスクです。私が純粋に疑問に思っていることをいくつか書いてみます

    ・感染防止効果0だよ~

    ウィルスは鼻や喉から侵入し、粘膜から感染します。当たり前ですね^^コロナ禍の時などは、目から感染するなんていう報道も目にしました

    あごを一生懸命守っても、あごからは感染しませんよ~って思っちゃいます^^

    ・無理して付けなくてもいいんだよ~

    2020年、緊急事態宣言が出され、外出時にはマスクの着用が求められました

    正確には義務ではなかったのですが、お店や病院、公共交通機関などはマスクの着用を義務付ける所ばかりだったので、実質義務みたいなものだったと記憶しています

    仮にその時なら感覚的に理解もできるんです

    マスクはしたくない(または必要性を感じない)でも、着用を求められる。反抗心というか、アンチテーゼというか、「ここ(あご)にマスクしてるからええやろ」的な事でのあごマスクなら、ある程度合理性はあるかなと思ったりするわけです

    でも、今は、着用は完全に任意です。私も、自分が体調不良の時以外はほとんど着用していません

    だから、あごにマスクするならしなくていいのになって素朴な疑問が出てきちゃうんです^^

    ・場面によって上げたり下げたりしてる?

    でも、バスとか地下鉄とか、「今が付ける時でしょ?」っていう時もあごマスクっていう人もいるんですよね。肌感覚ですが、あごマスクの方は、常にあごマスクっていうイメージがあります

    あと、あごマスクって、上げ下げすることであごに付着しているウィルスを口内に取り込むことになり、あまり衛生的でないともいいますよね

    う~ん、謎が深まる^^

    ・あご寒いのかな?

    これか?これなのか?^^

    ごめんなさい^^あの、バカにしているつもりは全くないんです

    私、人間観察しちゃう癖があるんです

    5歳くらいの我が子のえりあしだけ長くして髪染めてるお父さんとか、車高低くして排気ふかしてコンビニ入るときにバンパーこすってる若者とか、私の価値観では理解不能な方を見ると、「なぜそういう挙動を取るんだろう?」「どういう考え方なんだろう?」って気になって考えちゃうんです

    こんなしょうもない事に1500字も使ってしまいました^^

    最近、重めの内容が多かったので、ふざけた訳ではないのですが、私の中でクリクリクリクリ考えてもうまく消化できなかった話題を投げてみました

    貴重なお時間を取っちゃってゴメンね^^

    これに懲りず、またお越しください

  • Road to 北海道マラソン④

    27回目の投稿になります

    北海道マラソン完走に向けた練習記録です

    自分用の意味合いが強い記事ですので、初めて来られた方は、別の記事など読んでいただけると幸いです^^お付き合いいただける奇特な方は続きをお読みください

    13週目(3月23日~3月29日)

    日付メニュー体幹トレストレッチあと
    3/23(月)ランニング8キロ往復 ※130分10分160
    3/24(火)休み30分10分159
    3/25(水)休み30分10分158
    3/26(木)ウィンドスプリント ※230分10分157
    3/27(金)休み30分10分156
    3/28(土)ランニング18キロ ※330分10分155
    3/29(日)ランニング8キロ往復 ※430分10分154

    ※1…キロ6分20秒ペース。前週より25秒ペースアップも、けっこう余裕ある。少しずつだが成長が感じられる。来月の大会、想定ペースを少し上げられるかも?

    ※2…全力の7割くらいで100mを5本。心拍数を高めたり、フォームを固めたりするのに効果があるとのこと。これなら仕事が長いときでも短時間でできる。これから定期的に取り入れよう

    ※3…7分を少し切るくらいのペースで120分走。来月の大会のコースを想定してアップダウンが少しあるルートを走ってみる

    ※4…キロ7分ペース。前日ロングで走ったのでゆっくりペースで

    【週の走行距離…34キロ 月間走行距離168キロ】※月間進捗率104%

    大会の時に聴く曲のプレイリストを作ってみました!「知らねえよ」という声も聞こえてきそうですが、ちょっと紹介してみます^^

    No.曲名アーティスト名
    青い光aiko
    Call my nameGARNET CROW
    若者のすべてsuis from ヨルシカ
    スピッツ
    恋する凡人スピッツ
    SISTERbacknumber
    アルクアラウンドサカナクション
    昼鳶ヨルシカ
    My hair is bad
    10スターマーカーKANA-BOON
    11TAIDADAずっと真夜中でいいのに
    12会心の一撃RADWINPS
    13凛々爛々赤い公園
    14STAY GOLDHi―STANDARD
    15STARRY NIGHTHi―STANDARD
    16八月、某、月明かりヨルシカ
    17準透明少年ヨルシカ
    約64分 

    ・スタート直後は大会の高揚感からペースが速くなりがちみたいなので、aikoさんの美しいバラードから^^この曲「朝感」あってホント好き^^6分30秒くらいのペースでゆったり入る。速い人たちがどんどん先へ行っても焦らない。自分は後半追い込みと言い聞かせる

    ・2~7曲目はミディアムテンポの曲で上りを耐える!好きな曲を並べて、「いい曲だなあ」と聴いているうちに上りが終わればいい(そんな都合のいい事はない^^)

    ガーネットクロウ、抽象的な歌詞が好き。Suisさんが歌う若者のすべて好き。漣、さわやかすぎ^^恋する凡人、最後の最後で江戸川乱歩みのある恐怖^^SISTER、サビでペース上がります。カラオケで死にかける曲。走りながら歌わない^^アルクアラウンド、レースでは歩いちゃダメ^^

    ・8~12曲目は、平坦な2キロから下りへ。40代男の選曲にしては違和感ありますね^^後輩女子から教えてもらいました。どんな曲かな?と曲に気を取られているうちに距離が進んでいるという風に脳をバグらせる^^アップテンポの曲の力を借りてペースアップしたい。2回の折り返し、給水。ぶつかったり足ぐねったりしないように気を付ける

    ・13~16曲目は、下り。アップテンポの曲で爆走(できたらいいな^^)凛々爛々は、ペースを上げた足の運びにピッタリ。Hi―standardは学生時代からずっと聴いている。テンポいいのに歌詞が切ない^^英語詩なのも、切なさを隠そうとしてる感じでいい^^

    ・ラストはヨルシカの2曲。準透明少年のサビ「体のどこかで~」が走ってて気持ちいい。ヘロヘロじゃなく、笑顔で軽快にゴールしたい^^

    ・このリストが終わらないうちにゴールできれば、目標時間内(63分以内)にゴールできることになります

    という妄想でした^^変わらず来週も練習頑張ります!

    最後まで読んでいただきありがとうございました^^

  • 読書記録「LIAR GAME」

    読書記録「LIAR  GAME」

    著者:甲斐谷忍

    出版社:集英社コミックス

    初版:2005年年9月~

    26回目の投稿になります

    今回はマンガ「LIAR GAME」です

    天才的な頭脳を持つ秋山深一と、「バカ正直のナオ」と呼ばれるほど人を信じては裏切られを繰り返す神崎直が、騙し合いでマネーを奪い合うゲームに参加することになるというストーリーです

    人の心理、追いつめられた人が取る行動、裏の裏の裏を読もうとする策略など、読んでいてとても面白いです

    少数決ゲーム、入札ポーカー、密輸ゲームなど、作者のゲーム設定が面白く、どうやったらこんな設定が思いつくのだろうと感心させられます

    私が一番好きな場面は、4巻の冒頭の秋山と直の会話です

    直が「みんなのことを信じなければなりませんね」と言った事に対し、秋山が言うセリフがあります。それは

    「人は、疑うべきだよ」です

    人を疑うとは正確には「その人間を知ろうとする行為」であると彼は言います

    逆に、信じるという言葉は高尚に聞こえるが、それは「相手を知ることの放棄」であると

    信じるという何となく良さげな言葉の裏にあるのは「無関心」であると

    初見で読んだとき、ひとつひとつの言葉がグサグサと刺さったのを憶えています^^

    秋山は、信じるとは「究極の思考停止状態」なのではないかと直に問うわけですが、それはそのまま自分(読者)に問われているような感じがします

    当ブログをお読みいただいたいる皆さん、いかがですか?「疑う」って良くないイメージありませんか?

    私もLIAR GAMEのこの部分を読むまではそう思っていました

    でも、これを読んでから、自分の価値観として

    「好きの反対は、嫌い」ではなく

    「好きの反対は、無関心」

    であると思うようになりました

    また、私も含め、完璧な人などいないのだから「この人のいう事だから間違いない」とか「あの人のいう事だからダメに決まっている」などと決めつけるのではなく、その人の1個1個の事を分けて考えることが「いい意味で疑う」事になるのではないかと思ったりしました

    特に、これまでの経験上、いったん好意を覚えた人に対しては、どんなことでも良い方に考えがちになる事もありました

    盲信しすぎずフラットに見るということが、考えようによっては相手を尊重する事になるのかもしれません。この辺は、まだ正直よくわかりません^^人間関係、むずいね^^

    このマンガは、秋山と直が様々なゲームに巻き込まれながら、何度も何度も思考のどんでん返しがある難解かつ爽快なストーリーです

    秋山が切れる頭脳で勝ち上がっていくんですが、その要所要所で直の素直さや実直さを必要とする場面もあり

    お互いの足りないところを、お互いが補い合っている感じがあって、そういうところも作品の魅力かなと思います

    私は、人と親しくなる時は、親しくなっていく過程においては共通点を見出したくなります

    数学の集合でいうとA∩Bみたいな重なり合う部分について盛り上がっていくイメージです

    でも、ある程度仲良くなったなと思ったら、その人がもつ、自分とは違う感性や思考について興味をもっていくようになるし

    自分がそれまで見せていない部分も見せてもいいかなと思ったりします。A∪Bみたいなイメージです

    秋山と直は、性格も考え方も違いますが、違うからこそお互いを信頼し尊重している感じが、巻が進むごとに表現されている気がします

    最終巻の終わり方が唐突で、大人の事情で急に終わった感もありますが、私はとても好きな作品です

    登場人物が、競馬の騎手の名前をもじっていて、作者、たぶん競馬好きなんだろうなと思わされます^^

  • 「水平線」back  number

    25本目の投稿になります

    予約投稿を忘れていて、少し遅れての投稿になっております ^^

                                                                                                                                         

    今回は、好きな歌紹介です。back numberの「水平線」です

    私がこの曲を知ったのは、Spotifyのランダム再生で流れてきたのがきっかけです。それが去年くらいのことなので、リリース時にリアルタイムで聴いていた訳ではありません

    少し調べてみると、リリースは2020年8月。新型コロナウィルスの影響でインターハイが中止となったことを受けての歌とのことです

    コロナ禍って、「感染防止」が声高に叫ばれ、若者を中心に多くのことが制限されましたね。そして現在、あの頃の事を検証されたかといえばそうではないと思います。ひとりの大人として、多くの事に犠牲を強いられた若者世代に申し訳ない気持ちがすごくあります

    私は、もう一度コロナ禍のような事が起きたら、事実を客観的に判断し、適切にリスクを管理し、過度な自粛はしないのではないかと思っています

    めちゃくちゃ脱線しました^^スミマセン^^

    さて、曲ですが、私は一番最初の歌詞が一番好きです

    「出来るだけ嘘は無いように」

    子どもの頃って、「嘘はいけません」って言われるじゃないですか。嘘つきは泥棒の始まりとか脅されたりして^^

    もちろん嘘はいけません。相手をだましたり陥れたりするような嘘はダメですよ

    でもね、齢を重ねるごとに、世の中も自分自身もそう簡単じゃないというか、必要悪としての「嘘」が存在することもわかってくるじゃないですか

    自分自身を守るための嘘だったり、相手に希望を失わせないようにするための嘘だったり…

    だから「嘘はついちゃいけないよ」ではなく「できるだけ」なのが私は好きですね

    聴き手がついてしまう嘘、そして嘘をついた事で感じる罪悪感みたいなものを丸ごと内包し、許容してくれるのがこの歌の良さなんじゃないかなと思う訳です

    この歌を好きだと思って聴くような人がつく嘘って、たぶん暖かさがあるんだよ^^

    なんか今回、ずいぶん真面目な内容になってますね^^

    歌詞は「どんな時も優しくあれるように」と続き「人が痛みを感じた時には、自分の事のように思えるように」となってAメロが終わります

    自分も、こんな風な人になりたいと思いますね

    「正しさを別の正しさで失くす」「あなたの希望が崩れ落ちて、風に飛ばされる欠片に誰かが綺麗と呟いてる」

    一方、Bメロからサビは、突きつけられる現実というか、自分の思い通りにいかない現状も歌われています

    もしこれが高校生くらいをイメージして書かれたのなら、それくらいの時期って世界が広がっていく途中にあたりますよね。多様な価値観に触れて自分の価値観が揺らいだり、周りがみんな悩みなく生きているように見えて「自分だけ変なのか?」と勝手に思ったり…

    自分の事を振り返っても、そんな時期だったように思います

    2番の歌詞の事を書こうと思ったら、もう1000字^^

    2番のAメロの歌詞、こんな事を言い合える、思い合える相手がいるといいよね^^

    「水平線」は、MVもとても気に入っています。高校生の女の子が傘を捨て、カバンを捨て、スマホを捨て…。海岸線で叫ぶ彼女の気持ちは色々と考えさせられるものがあります

    私、40を過ぎてそれなりに色々経験してきた身としては、彼女が叫んだシーンを見た時に思ったことは

    「叫びたい気持ち、わかるよ」よりも

    「叫べて良かったね」でした^^

    誰もいない海でではあるけど、言葉にできない気持ちを「あーーーー!」って言えて良かったねって思いました

    順調にオジサンになってきてます^^

    まったくの余談ですが、前回の投稿で「高校時代、授業抜けて海岸線で本読んでた」事を書いたんですけど(よくないですね^^)、MV後半の海岸線の風景がその時のそれにすごく似ています

    もうちょい暖かくなったら、行ってみようかな^^

    私が歌を聴くのは、少し元気がない時やリラックスしたい時が多いです。スピッツ、ヨルシカ、backnumber…

    正論で導くのではなく、そっと横にいて背中さすってくれるような曲を届けてくれるアーティストが好きなのだと、これを書いていて感じました

    MVとても良いので視聴してみてください。私も海岸線で叫んでみたいな^^40過ぎた男が一人で「あーーー!」って叫んでたら通報案件になりそうですが^^

    誰もいないタイミングを見計らって…ね^^

  • エピクテトス

    24回目の投稿になります

    近所のツルハに売っている「好烏龍(ハオウーロン)」という飲み物がおいしすぎて、毎日飲んでます。マンゴーとオレンジのジュースでウーロン茶感は全くないのですがとても好きです

    私、一度気に入った物や事に出会うと浮気せず添いとげるタイプかもしれません^^昨日、箱で買ってしまいました

    どうでもいい話すぎてスミマセン^^

    さて、今回は「エピクテトス」です。エピクテトスって何?と思われた方もいるかもしれません。古代ギリシャの哲学者です。50年生まれとされているので、今から約2000年前の人です

    エピクテトスが苦悩し、考え、主張したことは、2000年経った現在にも通ずることばかりです

    少なくとも私は、5年前くらいに彼の思想に出会い、大きな影響を受けました

    今回は、その思想の一部と、私がどのように受けとめたかについて書いてみたいと思います

    エピクテトスを理解するキーワードの1つが「軽く見る」です

    自分の人生に関わることは、大きく2つに分けられます。それは

    「自分の力でコントロールできないこと」と

    「自分の力でコントロールできること」です

    エピクテトスは、この「自分の力でコントロールできないこと」は軽く見なさいと言いました。そして、自分でコントロールできることに力を注ぐべきとしたのです

    いくつか具体例で自分なりに考えてみました

    • 自然災害

    例えば地震はいつ来るかわかりません。南海トラフ地震が今後30年で起こる確率は80%と言われても、それは明日かもしれないし30年後かもしれない。これは、自分でコントロールできないことにあたります。それに脅えても仕方がないですよね

    コントロールできることはなにか。それは、水や食料の備蓄であり、避難経路の確認だと思うのです

    • 他者の行動

    例えば、自分が相手に何かをしてあげた時。「こういう感謝の言葉があるんじゃないか」「こういう反応をしてくれるんじゃないか」と思う気持ちはあると思います

    でも、それが全くないとします

    この時、「おかしい!」「不義理だ!」と思っても、相手の気持ちや行動はこちらのコントロールの外なので、仕方がないと「軽く見る」ことがエピクテトス的には大切だということなんですね(難しいですけどね^^)

    私も、相手に何かをしてあげた時は、した時点でそれはもう自分の中で完結!と思うようにしています

    モヤモヤ感が全くないのかと言われれば0ではありませんが、コントロールできないことに執着しても仕方がないですからね

    来るもの拒まず去るもの追わず的なところがあるのかもしれません

    逆に、義理堅くお礼をしてくれる方は、尊敬の対象になったりします

    今思いましたが、そもそも、「してあげた」という表現自体、見返りを期待している感じで良くないかもしれませんね^^

    私もまだまだ修行が足りません^^

    さて、エピクテトスが他の哲学者と大きく異なる点が1つあります。それは、彼が奴隷身分であったということです

    働くこと、食べること、寝ること、生きる上でほとんどのことを制限されていました。しかし、ここで彼は思うのです。ただ1つ自由なものがあると

    それが「意志」です

    考えること、試行錯誤すること、決断することは、誰からも奪われることはありません。こんな貴重な「意志」を、他人に渡していい訳はない

    自分が何をしたいのか、何を大切にしたいのかが最も大切なのだ、と彼は言うのです

    私は数年前に適応障害を発症し、前職を辞めるまでは、世間体や周囲の目、こうあるべきという社会規範に縛られて生きてきました

    今となってはすごく恥ずかしい話ですが、私は、高校進学も大学受験も、就職も、親の考え(誘導)に引っ張られて生きてきました

    一例を言いますと、国語と社会科が好きなのに、高校は成績が足りているという理由で、普通科より1個レベルの高い理数科へ行きました(なにやってんだ^^)

    このような「他人軸で生きてきた自分」については、今後このブログで大いに語ろうと思います^^

    今は、その反動もあってか、かなり自由を謳歌しているという自覚があるし、なにより毎日が楽しいです^^

    「自分の人生、やりたいように生きる!(ミスったら、その都度考えよう^^)」

    そんな現在の自分を形作る一助となってくれたエピクテトスには、ホント感謝しています

    文字があって、本があって、ホントに良かったです^^

  • Road to 北海道マラソン③

    23回目の投稿になります

    北海道マラソン完走に向けた練習記録です

    自分用の意味合いが強い記事ですので、初めて来られた方は、別の記事など読んでいただけると幸いです^^お付き合いいただける奇特な方は続きをお読みください

    12週目(3月16日~3月22日)

    日付メニュー体幹トレストレッチあと
    3/16(月)ランニング8キロ往復 ※130分10分167
    3/17(火)休み30分10分166
    3/18(水)ランニング150分走 ※230分10分165
    3/19(木)ウォーキング4キロ ※330分10分164
    3/20(金)休み30分10分163
    3/21(土)ランニング12キロ ※430分10分162
    3/22(日)ランニング10 キロ ※530分10分161

    ※1…キロ6分45秒ペース

    ※2…キロ7分ペース。21キロ走る!!今までで最長距離

    ※3…筋肉痛エグい^^朝起きたら生まれたての子鹿(足プルプル)

    ※4…キロ6分30秒ペース

    ※5…キロ6分20秒ペース。来月の10キロの大会で走りたいペースで

    【週の走行距離…55キロ 月間走行距離143キロ】※月間進捗率96%

    ※3について

    「つらくなったら歩いてもいいや」と思いながら走っていたら、なんと

    21キロ走れましたー^^

    21キロですよ21キロ^^ハーフマラソンの距離を走れたのは、すごく自信になりました。毎日の体幹トレーニングが走りを後押ししてくれている感覚があります。これについては、大いに自分を褒めてあげたいです!みなさんも、私を褒めましょう^^

    これに気をよくして、5月3日に真駒内アリーナ~豊平川河川敷で行われるハーフマラソンにエントリーしました^^少しずつステップアップしていきたいものです

    その他

    ・Spotify課金しました^^ちょうど3か月無料のイベント中だったのもあり。プレミアムにすると広告がないのも自分でプレイリスト作れるのもすごく便利です。今、来月のマラソン大会で走るときに聴く63分用のプレイリストを選曲中です

    好きな曲を聴きながら走ると、気持ちいいし、「いい曲やな~」と思いながら走ると、距離や時間の経過も短く感じるしメリットが多いです

    右耳にイヤホンを挿して、左耳は応援を聞きながら走ろうと思っています。ランニングアプリで1キロごとのラップタイムを教えてくれるので、イヤホンは必須です

    ・大会で走る用のシューズをおろしました。クッション性があって、推進力がある感じがします。これで2分くらい記録が短くなりそうです。たぶん気のせいだと思うけど^^

    ・2日走らないと「走りたいな」と思うようになってきました^^半年くらい前とはえらい違いです。

    ケガに気を付けて、この調子で頑張ります!

    最後までお読みいただいたそこのあなた!こんなただの自分用の記録に貴重な時間を割き、付き合っていただきありがとうございます

  • 読書記録 長田弘「読書から始まる」②

    読書記録「読書から始まる」②

    著者:長田弘

    出版社:ちくま文庫

    初版:2021年5月

    22回目の投稿になります

    今回は詩人長田弘さんのエッセイ集「読書から始まる」の続きです

    前回の投稿をお読みいただいた方は「あれ?来週って言ってたのに翌日書いてるやん」と思っているかもしれません^^

    なんか、読んだ後の高揚感があるうちに書きたくなってしまって、お前の気持ちなんて知らねえよということではあるんですが、連日の投稿になっております

    こういう事をウダウダ書いているから文字数がかさむんですね^^さっさと始めます

    長田さんは「言葉というのは、とどのつまりその人の生き方の流儀であり、マナーです」と書いています

    また、「言葉をゆたかにするというのは、自分の言葉をちゃんと持つことができるということ」とも書いています

    それができれば「自分という独自性を見つけられ、自分で自分を自分にしていくことができる」としています

    「自分で自分を自分にしていく」ですってよ^^この表現ヤバくないですか?^^

    でも、言葉はその人の生き方の流儀という部分は、自分の目指したい感覚でもありますね。それはただ単に難しい言葉を知っているということではなく、相手や場面に合わせた言葉を用い、でも自分の考えはしっかり伝わるような…そんな人になれたらいいですね

    もしかしたら、このブログもその鍛錬の場所になっているのかもしれません

    あとがきで、幕末の人、橘曙覧(たちばなのあけみ)の歌が載っていました

    「たのしみは 人も訪(と)ひこず 事もなく 心を入れて 書(ふみ)を見る時」

    楽しみなのは、訪れる人もなく特にする事もない日に、集中して本を読む時だ

    といったところでしょうか。もう1つ紹介されていました

    「たのしみは そぞろ読みゆく 書の中に 我とひとしき 人を見し時」

    楽しみなのは、何となく読んだ本の中に、自分と同じ感覚の人を見つけた時だ

    どちらの歌もすごく共感できます。「あれ、この本、私のことが書いてある!」っていう本に出会ったときのあの感覚^^尾崎放哉とも友だちになれそうですが、橘曙覧さんとも友だちになれそうです^^

    さて、少し本の内容とは離れますが、この本との出会いもなかなか素晴らしいものだったので、書いてみます

    3月17日、用事があって札幌に出かけたついでに本屋さんに立ち寄りました。目的は「尾崎放哉全句集」の購入です

    以前紹介したのは図書館で借りた本であり、とても気に入ったので購入して私の本棚に仲間入りしてもらおうと思ったわけです

    検索機で場所をチェックし「ちくま文庫」の棚へ。そのときに尾崎放哉全句集の隣にあったのが、この「読書から始まる」でした

    つまり、尾崎放哉との出会いがなければ、私は少なくとも今の段階でこの本に出会うことはなかったわけです

    もう少し深掘りすると、尾崎放哉を知ったのは、ヨルシカの「嘘月」という歌のモチーフになっていたからです

    ヨルシカを好きになったのは、ヨルシカを熱く語る方に出会ったからです

    その方に出会ったのは、手術のために通院していたからです(あ、重い病気とかではないです^^)

    なんか、いくつもの繋がりがあってこの本にたどりついた感があって、色々な事に感謝したい気持ちになっています^^

    今日、図書館で長田さんの詩集を2冊ほど借りてきました。不勉強で長田さんの詩はまったく読んだことがありません

    読むのが楽しみです^^

  • 読書記録「読書から始まる」

    読書記録「読書から始まる」

    著者:長田弘

    出版社:ちくま文庫

    初版:2021年5月

    21回目の投稿になります

    今回は詩人長田弘さんのエッセイ集「読書から始まる」です

    エッセイ集とは書いていますが、長田さんの講演でのお話を文章化したものとのことです。読書のすばらしさ、言葉の大切さがひしひしと伝わるとても良い本でした

    私は本が好きだし、言葉も大切にしたいなと思っていますが、私なんかとは比べ物にならないくらい深いところまで考えられていて、とても勉強になりました

    私は、本に付箋を付けながら読むのですが、読み終わったとき、付箋だらけでちょっと本の上の方が分厚くなっていました^^

    そして、この本の素晴らしいところは、それを簡単な言葉でわかりやすく書かれていることです。では、内容に触れてみます

    「はじめに」のわずか4ページの中に

    ・本の魅力は、ここにある言葉を、ここにいない人に手渡すことができるということ

    ・その本をそれまで読んだことがない。にもかかわらず、その本を読んで、「私」という人間がすでにそこに読みぬかれていたというふうに感じる

    ・いい本は、その中に「いい時間」が流れている

    といった、本への愛情がこれでもかと次々と表現されています。本が付箋だらけになるのもおわかりいただけるのではないでしょうか^^

    特に私に刺さったのが5章「共通の大切な記憶」です

    まず、本というものを「自分の時間をちゃんと使わないと機能しないメディア」と定義しています

    12ページまで読んで、ちょっとどこかへいって戻ってきたら92ページまで進んでいたということはあり得ない。自分が1ページずつめくっていかないと進まない

    当たり前だけどなるほどそうだなと思わされます。そして長田さんは、「だから、きちんと本に向き合おうとすれば、どうしたって自分の時間の使い方という問題にかかわってくることになる」としています

    これは、自身の経験に照らしてみてもその通りだなと思いますね

    まず、忙しくて心身ともに余裕がないと、本を読むという事の優先度が下がるし、読んだとしても心に残りづらい感じがします。

    心に余裕(余白)がないから、いい本でも、内容が入ってくる余地が自分の心にない感じです。あまりうまく表現できないですが、ここを訪れる方ならこのニュアンスわかってくれるのではないかと思います^^

    また、長田さんは、本を「自分にとってのみ大切な記憶というだけでは、どうにもならない」としています。これも大変興味深い話でした

    つまり、自分と相手が同じ本を読み、それを共通の大切な記憶として保持していけることが、多様化、個別化した現代における本の価値であるということなのかもしれません

    しかも、大事なのは「一緒に、ではなく共通の」であるとしています

    私が読んだ本をあなたも読む、あなたが読んだ本を私も読む。読むタイミングが違っても、同じ場所にいなくても、そのような共通の大切な記憶の置きどころが本なのではないかと長田さんは言いたいのかなと読んでいて思いました

    「本は共通の大切な記憶の場所」

    すごく素敵な考え方だなと思いませんか^^ちょっと泣きそうになります^^

    こんな感じで、本や言葉の素晴らしさ、そしてそこから生まれる人としての在り方みたいなものを優しく語りかけてくれる本です

    この本の内容、そしてこの本とどのように出会ったかについてもう少し書きたいのですが、すでに1400字^^いつも1000字程度でと思いながら大幅にオーバーしています

    続きは次回にしたいと思います

  • aiko「ウミウサギ」

    20本目の投稿になります

    気づけば20回目。だいぶブログ投稿が日常のルーティンに染みこんできた気がします。訪問者数、PV数も思った以上に増えていまして、大変ありがたいことでございます

    どうやってここにたどり着くんでしょう?全く謎です^^

    今回は、好きな歌紹介です。aikoの「ウミウサギ」です

    アルバム「秘密」に収録されている曲です。曲調はバラードです。シングル曲ではないので、ご存じない方も多いかと思います

    aikoは昔から好きで、よく聴いています

    aikoのメロディーはとても難解です^^コード進行(和音)とメロディーがずれているけど、それが癖になるみたいな感じなんですよね^^全くうまく表現できていないのが残念すぎますが…

    aiko好きの方なら、この「コードとメロディーがずれてる感じ」わかってもらえるんじゃないかなと思っています

    例えばCコードだと和音は「ドミソ」になりますが、Cコードなのに「ファ」でメロディーを取るような感じです。説明力がなさすぎてわかりませんね^^

    さて曲です。聴いていると、夕方の海を連想させます

    私は自由な校風の進学校に通っていました。その高校は、校舎からグラウンドを隔ててすぐ海という立地でした。大学進学という実績さえ残せば、普段は何をやってもある程度許容される感じだったので、授業1コマ抜けて砂浜で本読んだりしていました。(物理や化学の授業が多かった気がします^^)

    この曲を聴くと、その時の風景や潮の匂いみたいなものが蘇る感じがします

    「この曲を聴くと、この風景を、この人を、この場面を思い出す」みたいな事ってありませんか?私はそういう曲が数曲あります

    曲はバラード調ですが、曲が進むにしたがってボーカルが力強くなってくるように感じられます。2番のサビからラストのサビではaikoさんのフェイクが自由自在ですごくかっこいい曲です

    歌詞なんですが、「ずっと一緒にいようかだなんて君が緊張しながら言う」「息も触れてあなたがいる」という箇所があり、好きな人と一緒にいるかのような歌詞です

    たぶん、一緒にいるんでしょう^^でもね、私、この歌のサビのラストの歌詞「君はあたし、あたしは君、いつもいつも」という歌詞を読むと、「今会えなくなっているけど、共有してきた言葉や経験があるからいつも一緒にいるような感じがしているよ」的に解釈してしまいます

    aikoさんの歌い方も相まってすごく切ない別れの曲に聴こえてしまいます。油断していると涙出そうになります^^

    少し脱線しますが、明後日紹介しようと思っている本(昨日読んで素晴らしかった本です^^)に「同じ本を読むという事は、離れている人と共通の大切な記憶を紡ぐことである」という箇所がありました

    「ウミウサギ」という曲もこれに近い解釈を私はしちゃいます

    ひとりでカラオケ行ったときは、1オクターブ下でよく歌います^^どうでもいい情報ですね^^

    アルバム「秘密」に収録されているバラードは、「ウミウサギ」の他にも「星のない世界」「秘密」「約束」どれもいいです。名盤だと思っています

    「いつかまた会える日が来るでしょう その日まで必ず元気でいてね」(約束)

    「こぼれた愛すくうあなたの手愛しい」(秘密)

    「胸が病みそうで不安に溺れそうになったら真っ直ぐにあなたを思い出すよ」(星のない世界)

    aikoの歌詞は、恋愛、人との出会いや別れを書くものが多いですが、100%幸せ!という歌詞は少ないと思います

    幸せの中にもやや不穏な感じ、叶っていない感じ、今幸せなのにいつか来る別れを恐れる感じがあると感じていて、それがすごく共感できるし好きなところです^^

    aikoのバラードは、ブレスが聴こえます。(ちなみにヨルシカのボーカル、suisさんも同じです)本人が意図しているかはわかりませんが、臨場感と言うか、本人が自分の前で歌ってくれている感があっていいんですよね

    特に「ウミウサギ」は、最後のサビの「いつも いつも」の歌い終わりにも「歌いつくしましたー」みたいな感じでブレスが入ります。聴いていてドキッとさせられるんですよね(ちなみに、ヨルシカの「花に亡霊」の「言葉じゃなくて時間を、時間じゃなくて心を」の後のブレスもドキッとします^^)

    今、我に返りましたが、なんか変な癖(へき)の持ち主と思われてそうな気がしています^^共感できる方いますか?いなさそうですね^^

    「ウミウサギ」すごく素敵な曲です。お時間あれば他の3曲のバラードも一緒に聴いてみてください

  • 一度見限ると二度と戻らない

    19回目の投稿になります

    私は北海道に住んでいますが、最近は日差しも暖かく、春めいてきました。朝走っていてもとても気持ちいいです。朝日を浴びるとメンタルが整ってくるというのは正しいかもしれないと感じる今日この頃です。太陽、偉大やな^^

    さて、今回は「一度見限ると二度と戻らない」です。だいぶ刺激的なタイトルです^^

    私、自分で言うのもなんですが、穏やかな性格だと思います

    優しいとか、物腰が柔らかいとかそういう表現もできるかと思います。おそらく他者からの評価もほぼ同様であるかと思います

    これまでの人生、大きな声で怒鳴りつけたり、人の悪口を公的な場で言ったりしたことはないと思います。(あ、脳内では悪口祭りが開催されることはあります^^)

    しかし、その性格がゆえに、うまく不満を伝えたりできずにストレスを溜め、結局は相手から見ると急に関係を切られたように感じる行動を起こしてしまうことがあります

    とりあえず「リセット癖(へき)」とでも呼んでおきましょう

    いつもより少し深い所まで話してみるので、「ちょっと重たそうだな」と感じた方は、ここでおやめください^^

    では、書いてみます

    私は、相手に失礼な言葉を吐かれたりわがままな態度を取られても、怒りません

    が、しかし、不満と言うか違和感は当然あります。表に出す平気そうな表情と内面のストレス値にギャップが生じてきます

    相手からすると、何も問題が起きていない人に見えるのかもしれません。だから「今くらいの言葉(態度)は、この人にはOKなんだ」となってしまうのかもしれません

    これが積み重なると、コップに水が溜まっていくようにストレスの水位が上がっていきます

    でも、そのタイミングでも信じてみるんです。「いつか変わってくれるんじゃないか」「そんな人じゃないはずだ」と

    でも、変わらないんですね^^表面張力ギリギリまで耐え、ついに溢れ出すということが起こります。その溢れ出したタイミングが、私が人間関係を切ってしまう臨界点になってしまうのです

    このタイミングにおいても怒りません^^

    関心がなくなるというか、距離を置き、その人の存在ごとなかったことにしてしまう感じですかね(コワ^^)

    一度、そういうことになった人と話すことになったとき「言ってくれれば気を付けたのに」って言われました

    それって結構こちらからすると刃物に近い強い言葉で「え?言われなければ配慮しないってこと?」みたいに思ってしまうんですよね

    だから、その人に対する怒りはなく、ただただ無関心になるという感じでしょうか

    あと、この感覚って二度と戻らないというか「じゃあ、和解してもう一度関係修復を」ってならないんですよね^^たぶん、私の性格に難があるんだと思います。もっと早い段階で「そこ、ちょっと直してほしいんだけど…(にっこり笑顔)」みたいな事が必要なのかな

    うまく伝わるかわかりませんが、「ゆで卵になっちゃったら、変質しちゃって、もう生卵には戻らないでしょ」っていう感覚です^^

    今、書いてて思いましたが、このような感覚なので、私はだいたいの人には常に敬語だし、パーソナルスペース広めなのかもしれません

    でもね、こんな自分でも、たまにすごく気の合うというか、価値観も近いし一緒にいて落ち着くような人に出会うとすごく嬉しくなったりします

    まだ、人間の心は持ち合わせていると思いたい^^

    今回は、あまりうまくまとめられなかった気がしますが、こんな時もあるということで^^